iPhoneと車、シャネル
2008-6-15アップルコンピューターをずっと使ってきた私にとって、
やはりiPhoneはとても気になります。
iPodTouchでも十分便利で素晴らしいのですが、それに電話が
ついてしまうとなるとたまりません。
ただ、キャリアが問題なのですよね….
メインで使っている携帯電話は現在auで海外用にソフトバンクを
持っていますから、iPhoneでもう全部をひとつにしてしまえば、とも
思うのですが、なかなか決断が出来ずにいます。
海外では良いのですがどうも国内では今ひとつソフトバンクだけに
という踏ん切りが出来ないのです。
いえ、私個人的な感想なのですが、プッシュされるメールが時々
すごく遅かったり、料金形態が複雑(結局何処でも同じですが)等々。
それでも私は昔からの契約があるので、メールアドレスはvodafoneに
なり、それはちょっとだけヘンな自慢でもありますけれど…..
でも結局はほとんど使っていませんし、電話番号を知っている人は
たぶんマネージャーくらいかと思います。
さて、iPhoneに話を戻しますが、これがドコモだったら全てを
ひとつにまとめてしまおうと考えていました。
最近は海外でも携帯が使えますしね。
でもこの夢も消え、いつもだったらすぐに飛びつく私もちょっと
静観モードに入っています。
それから最近とても嫌なのが、新発売でその製品がすぐに買えないこと。
ゲーム機でも車でも人気が発売前からあるものは、すぐに買えません。
すぐに売り切れてしまい次回入荷未定、なんてことになってしまいます。
発表されたらすぐに予約か発売日に並ぶか….
新製品の売り切れを作ってはいけない、という法律作ってくれませんかね。
まぁ、モノを欲しいと思う情熱も少なくなりましたし、
実際今のauの携帯でも十分機能は果たしていて、何不自由ないわけです。
iPodTouchと二つ持ち歩くのが面倒、更に海外ではもうひとつのキャリアを
使わなくてはならずに面倒、というくらいで。
なのでじっくり考えてからにしようと思っています。
(なーんて言っていてすぐに買っていたらごめんなさい)
もうひとつ最近頭を悩ませているのが、車です。
同じ車を連続ではありませんが3台乗っていて、今の車も6年乗っているので
さすがに違う車に乗ってみたいという気持ちが強くなって、
ここ3ヶ月ほどいろいろ試乗してきました。
あ、もちろん全部中古車です。
私が乗りたいなと思うのは新車で1千万円越えですから、とても無理です。
この間はついにポルシェのカイエンターボまで借りてみましたが、ピンと来ません。
早いし乗り心地はいいし設計は素晴らしいし文句のつけようがないのですが、
運転していると何故か気持ちがささくれます。
車が速いせいで気持ちが高揚するのはいいのですが、それがどうも
私の中のイライラ感をも強めてしまうところがあって、合いませんでした。
マセラティは導入している技術が先進的な割にはその元が古風で、
ちぐはぐな感じがして馴染めませんでした。
スポーティをうたっているのに自分の思い通りにはさせてもらえない、
いや、出来ない中途半端さがイヤでした。
ベントレーは自分にはとても合っていましたが、なにせ古すぎました。
5メートルを簡単に超える長さも大きすぎますし。
カイエンと同じ設計のトアレグという車、エンジンが12気筒というものを
運転させてもらいましたが、カイエンと比べるとちょっとダメです。
同じシャーシなのにこんなに違うものかと、ちょっとビックリします。
レンジローバーのスーパーチャージャーは運転席だけに座らせてもらいました。
とても良かったのですが親会社がコロコロ変わって、修理とかが
ちょっと難しいというのを聞いて断念。
そして先日、ついには私と色まで同じ車の、2年落ちの車まで紹介されて、
2日間乗っていましたが、これはこれで微妙です。(笑)
25年以上モデルチェンジをしていない車種なので、同じ駐車場に止まっていると
自分のかそうでないのかわからないくらい、そっくりです。
目に見えない中身(コンピューターのプログラム)とかは多少変わっていて
いたのと、全ての操作スイッチ類、ドアノブのボタンとかが軽くなっていました。
効かないブレーキは一新されていました。
メルセデスといえばどんな車種でも多少重くてもしっかりした操作感、頑丈、
という昔のイメージはヘビーデューティな車でも時代と共に変わってきていて、
日本車に近くなってきたような気がします。
人間が「ヤワ」になったのでしょうか….(笑)
でも唯一、これはいいなと思ったのはドアノブが軽くなっていて、
指を痛めないですみそうだなということです。
私のはドアひとつ開けるのにも、本当に硬いのです。
6年乗った車と2年の車での大きな差と言えば、足回りのヘタリ感くらいでしょうか。
もちろん新車に近い状態のそれは、何においても滑らかでいいのですが、
その車から私のに乗り換えても「それほど」変わった気がしなくて、
4年間の時間の差をあまり感じさせません。
運転席からの景色もまったく変わらないので、試乗していたこと自体を
忘れるくらいです。
現実的に考えるのなら車のクオリティを上げるのはうれしいし、このまま
乗り続けて行くと出てくるであろう故障の煩わしさから少しは安心出来たり、
下取り価格が高い今がチャンスとか、いろんなプラス面があります。
でも現実的に何百万というお金は必要ですし、車を変えるという一大イベントでの
気持ちの高揚感があまりにもない、というのはどうも悩みどころでもあります。
本当に超現実的な車の買い換えになってしまうので….
もうひとつは車を使う機会が減ったというのもありますね。
ほぼ毎日運転はしますが、一駅隣のホリプロまで通う程度の10分、あとは
都内の仕事だけですから…..
純粋な行楽地へのドライブはもともとしませんが、都内の運転で十分に
私にとってはドライブの醍醐味を感じますから、満足しています。
出来れば二人乗ったらチェロも乗せられないような、小さなオープンカーを
もう一台所有するのが夢ですが、それはそれで無駄な経費が多すぎますからね。
それに過去に例えばトライアンフのTR4Aをそうやって所有していたときの、
古い車特有の痛い経験もたくさんしていますから、なかなか手が出ません。
というわけでやはりお金を貯めて、夢である仕事場(スタジオ)を自宅以外に
作って、住んでいるところを広くしたい、でしょうか。(笑)
でもあと2,3日は車のことで頭いっぱいに悩みそうです。
必要なものと欲しいもののバランスでいえば、「必要」に軍配が上がるのですが、
それが切実な必要性でない場合は「いらない」ということになのか、
そうじゃないのか….
いやぁ、基本やはりケチですね、私は。
来月、シャネルの関係の仕事をするのですが、その資料として香水を男性モノ4つ、
女性モノも4ついただきました。
もう感謝感激です。
男性用のオードトワレを毎日違うものを試していますが、一日が変わりますね〜。
もちろんそれは私自身の中でのことですが、それがとても大きな発見でした。
今まではずっとブルガリのルイボスティという中性的なモノをつけていましたが、
やはり男っぽいものになるとそれなりに気持ちが変わるので不思議です。
また香りは体温でもその人の体臭とも反応して、どんどん変わっていくもの
と思っていますが、どうも最近では身体の匂いを気にして消す方向へ
いっていますよね。
まぁ個人差もあるとは思いますが、なくなってしまうとすごく残念な感じもします。
欧州とかでは考え方がまったく逆だったりしますし….
どうもバイ菌にしても匂いにしても妙な潔癖感がありすぎて、そんなに
無色透明になっていってしまってどうするの?という感じでもあります。
香りで気持ちが変わるのは、新鮮な発見でした。
それから。
おまけで美容液もいただいたのですが、これがすごい。
サブリマージュ セラムというものですが、今までの中ではダントツです。
このしっとりもっちり感はビックリです。
もちろん怖くて値段は調べていませんが、これがなくなったときにどうしたらいいか、
が問題ですね…..(笑)
知らない方が幸せ、ということもあるのです。
でも知ってしまったからには次のステップに進まなければ、人間って
ダメになるような気もしていますので….
知らない方が幸せというのは、以前にも書きましたが楽器もそうです。
自分のよりいい楽器が存在しているのはもちろん知っていますが、もしそれを
弾いてしまったら最後ですね….
今の楽器を愛し続けることが出来るかという問題はもちろん、借金地獄へ
というのも目に見えますから。(笑)
だから知らないふりも必要なのです。
むやみに背伸びしても何処かに無理が来ますから…..
(ローン会社のCMみたいですが)
そう、私の親は褒めるということをほとんどせずに、教育をしていた
ような気がします。
今流行のように使われている「君には無限大の可能性があるんだ」
なんて甘い言葉は、親から聞いたことがありません。
なので背伸びなんて悪徳、みたいな感じでした。
それより食事時の姿勢が悪いと言われては、竹の物差しでビシッと
たたかれていましたし、父親からのビンタなんて当たり前でした。
それは今となってはとても感謝していますが。
どちらかというと押さえつけられた教育、な感じもしますが、
一応普通の人間には育っています。
ひとつだけ欠点をあげるとすると、超えなければいけない物事に
ぶち当たったときに、ネガティブな思考から始まる、ということでしょうか。
「無理かなぁ」という気持ちを必要以上に自分の中で増大させてしまうわけです。
で、増大させすぎてしまって何だか自分の力が遠く及ばないような
感じになったときに、火事場の馬鹿力、じゃありませんが、どこからともなく
モリモリとそれをやっつける力がわき上がってきて、ブレークスルーと
なるのです。
〆切一日前のあの感じでしょうか。(笑)
その過程が面倒といえば面倒なのですが、子供の頃からずっとそうなので
もう諦めて付き合ってはいますが….
楽器が絶不調でした。
ある日突然でした。
それはKyon2との舞台が終わってから急になのですが、
レコーディングとも重なりとても辛い毎日でした。
楽しいレコーディングもあまりにも音が悪くなって、
途中で中断した日もあります。
Bachの無伴奏など何度も撮り直しをしていて、今度のCDにはバージョン違いで
2曲入っているのですが、一曲は楽器屋さんに楽器を借りての演奏です。
何度もBachを録音させられる羽目になったエンジニアからは、無限バッハと
からかわれていました。
調子の悪い間、何度も楽器職人さんに楽器を診てもらっても原因がわからず、
その原因がわからない、というところがなんとも歯がゆい感じで、
悶々とするばかりでした。
こういう感じは人間の病気と似ていますね。
楽器をレントゲンにかけることはあまりないですが、でもかけても
悪いところを特定できることは期待できませんし….
新しいCDはなんとか絶不調な感じを表に出さずに録音できたのですが、
自分的には悔いも残ります。
もう表板を開けて大々的な修理をしなければ、と覚悟をしていたのですが、
3日前に4度目の魂柱交換をしたときには劇的に音が戻って、というか、
今までで一番楽器が鳴るようになっています。
自分で弾いていても耳がうるさいくらいで(笑)、なんだかこれは、と
戸惑っているところです。
楽器は生き物で本当によくわかりません。
毎日付き合っていても瞬間瞬間音が変わっていきますから、とても
面白いのですが、でもやっぱり大変です。
この間は本当に楽器が口がきけたらなぁ、と思ってしまいました。
今の調子が本調子となって続いてもらえれば、私はうれしい毎日なのですが….
捜し物
2008-6-8やっとやっと、本当に20年以上かかってやっとの思いで
ある写真集を見つけることが出来ました。
こんな日もあるんですね。
私は27歳の時にニューヨークでのレコーディングで、ハウストンストリートに
面したニューヨーク市のアパートをサブレントしていました。
いわゆるビレッジの真横にあたる場所で、今考えるとすごくいい場所でした。
ニューヨークが初めてで英語のハローを言えるかどうか、という私は
その場所の良さも何もわかっていませんでしたが、19階の部屋の
30畳近くのリビングは窓一面にソーホーの街並みが広がり、ツインタワーなども
綺麗に見えていました。
まぁほとんどをスタジオで過ごしていましたから、あまり住んでいた、という
実感はありませんが、それでもマネージャーと二人、ベースメントの
ランドリーでクオーターコインを集めて洗濯したりと、楽しい滞在でした。
休みの日にはビレッジに遊びに行くわけですが、そこにポスター屋さんが
あって、私はあるポスターを買いました。
60年代頃の写真だと思うのですが、ニュージャージー側からマンハッタンを
バックにチェロを弾いているという写真です。
写真にはまだツインタワーがない時代です。
今でもそれは額に入れて仕事部屋にあって、とても気に入っています。
さて、日本に帰ってきてから、その写真が収められた写真集を六本木にあった
WAVEというビルの上にある洋書店で見つけました。
当時で確か2万円を超えていた値段がついていたと思います。
当然私は買えずに後ろ髪引かれる思いで店を後にしましたが、そのことを
ずーっと今まで悔やんでいました。
何故、あの時無理してでも買わなかったのだろう、と。(笑)
私がやっぱり欲しいと思ったときにはその本はなく、タイトルも
アーティスト、写真家もわからず、WAVEのビルそのものがなくなってしまい
現在に至っていました。
たぶん、ですが、ポストカードとしてはとても有名らしく、いくつか
チェロが入った写真で未だに売られています。
それから写真家が有名なロベール・ドアノーであることまでは
わかっていましたが、ネットで調べてもあの有名な恋人たちのキス(でしたっけ?)
の写真ばかりしか出てきません。
そして。
今日、たまたまちょっと名前を調べていたら、偶然にもこの写真集に
巡り会ってしまいました。
そのチェリストはモーリス・バケという人で映画俳優でもあったのですね。
友人同士であった二人が作った写真集らしいです。
見つけたページが写真などの古書を扱うところだったので、もう速攻で
注文してしまいました。
もうひとつビックリしたのはRAYMOND SAVIGNACのポスターの中で、
チェロを弾いている題材のものがあるのですが、それは以前、コレクターの
方から勧められているものでした。
そのポスターもモーリス・バケであったということをさっき知って、
何だかいろんなものがつながるんだなぁとしみじみ思っていました。
SAVIGNACの作品も買わなくちゃダメでしょうか、ね〜。(笑)
結構高いんですよ、これが….ポスターなのに…..ブツブツ….
新しいCD
2008-6-7遥か昔のことですが、クラシック音楽のコンサートを聴きに行って
いつも感じていたのが、アンコールが一番良かったな、と思ったことが
よくありました。
今では違うと思いますが、まず演奏者のやりたい演目がそのコンサートと
なっていたような気がします。
なので難しい曲や例えば一晩でベートーベンのソナタ1番から3番まで、
なんていうもう眠気を通り越してしまうようなプログラムもありました。
今では聴き手と演奏者がやりたいもののバランスが、取れているんじゃないかな
と思いますが….
全ては勉強となっていましたから学生時代は難しいものでも良かったですが、
楽しみとして音楽会に行くには、演奏者のエゴで私はこれだけ弾けますよ〜、的な
選曲ではなく、ホールにいる全ての人が楽しめるものであって欲しいな、
と思うことが多いです。
私がクラシック音楽から離れていったひとつの理由に、嫌いな曲も
弾かなければならないというものがありました。
学生ですからそんな贅沢を言ってはいけないのですが、まだ作曲も始めて
いないころにも曲の好き嫌いが激しくて困ったものでした。
もちろん上手く弾けない、というのを棚に上げての話ですが。
学生の頃にボッケリーニという作曲者の曲は必ず課題として弾かなければ
なりませんが、私はこの曲が嫌いで嫌いで…..(笑)
好きだったのは近代フランスものとかバッハの無伴奏組曲などでしょうか。
学生時代、好きなものばかりを弾いていても偏るだけで上手くはなりませんが、
でも嫌いなメロディ、いや、コード進行がどうしても、ね….
バッハの無伴奏は大好きでした。
もう今だから許してもらえるかもしれませんが、バッハのレッスンの時は
ほとんど練習をしませんでした。
もちろん大学に入る前に弾いたことがあるというのもありましたが、
レッスンの一時間前くらいに校舎のチェロ部屋で練習するだけ。
それで「とてもいいね」と教授から褒められたり。
先生ごめんなさい….
でもバッハは好きでしたから、そうできたのかもしれません。
そしてそのバッハの曲、タイトルは無伴奏となっていますが、
いつか伴奏をつけてみたいとずーっと考えていました。
もちろんいろんな人がこの曲をカバーしています。
ギタリストや最近聴いたのではアメリカのヒップホップ系の女性シンガーも。
でもチェリストとして作曲者として敬意を持って、伴奏をつけてみたかったのです。
それは小津安二郎監督の無声時代の映画に、音楽をつけてみたい、
まぁ作曲家誰でも一度は思うことですが、そんな感じに似ています。
そんな気持ちから次のカバーアルバム「yours」シリーズのレコーディングが
始まりました。(そして終了しました)
今回はまたいい感じですよ。
テーマはクラシックでアンコールで流れるような、とても気楽で落ち着ける
選曲です。
きっかけはともかく、あぁ、ついに私もクラシックの領域に足を
踏み込み始めてしまいました。
学生時代が終わってから決別していたのに…..(笑)
ピアニストはメインが紺野紗衣さん、ゲストとしてアキコグレースさん。
私もピアニスト達もクラシック演奏家ではありませんから、さてさて
どんなクラシック音楽になることでしょう。
やはり私自身決別して25年以上経っているわけですから、一筋縄での
クラシックにはなりません。
あしからず。
ただ、とても聴きやすくていいものになったと思っています。
レコーディングは5月31日に終わったのですが、その日の終了が次の日の朝4時過ぎ。
もうみんなヘトヘトです。
私も帰宅してベッドに入ったのが8時過ぎ、それからコンコンと26時間くらい
寝てしまって、それでも体調が悪くてしばらく立ち上がれませんでした。
それほど最後の数日は大変でした。
どうしていつも予定通りに進まなくて、最終日近くになるといろんなものが
ドッと押し寄せてくるのでしょうね…..
でもその甲斐あってかいいものが出来ていると思います。
収録曲はバッハの無伴奏チェロ組曲、ノクターン、月の光、愛の夢、
アヴェマリア等々です。
ジャケット撮影も終了しています。
前回のyours ; tearsと同じカメラマン、アートディレクターです。
7月25日発売です。
お楽しみに。
CDデビュー前に作っていたデモテープや未発表のままになっている
作品を、ハードディスクにまとめてもらいました。
デジタルテープのままだと聴くのが非常に手間がかかって、ずっと
しまい込んだままになっていたのですが、デスクトップ上で聴ける環境ともなると、
これがちょっとショックの連続です。
以前にも記録はしていいのだろうかということを書きましたが、
昔の自分の作品を聴いているとその疑問が強く感じられます。
それはまるで…..ちょっと表現が稚拙かもしれませんが、10代20代の時の
恋人との恋愛風景を俯瞰からカメラが追っている映像を、今更見せつけられている
感じとも似ているかもしれません。
あぁあの時二人でこんな事を一緒に楽しんでいたのか、あんな事を言って
彼女を傷つけたんだ等々、何十年も経ってからそれを知らされている感じです。
もちろん、懐かしいのも気恥ずかしいのも、ちょっとホッとする気持ちも
いろいろありますが、こんなものを聴いて良かったのだろうか、という
そういう?マーク付きです。
そして未だにこんな事、同じことをしているのか、というガッカリ感、
いろんな想いにとらわれます。
以前にも書きましたが、今では普通に自分の赤ちゃんの時のビデオがあるはずです。
既に家庭でも気楽にハイビジョンで撮影できる時代ですから映像も綺麗だと
思いますが、それを大きくなってから見る、というのはどうなのでしょう。
どんな感覚なのでしょう。
私の幼い頃の写真はモノクロでありはっきりしていませんから、いろんな
想像やら推測が混じっての記憶を作り出します。
でもハイビジョンで映し出されたものを見るとき、どんな感じなのかを
是非教えてもらいたいなぁと思ったりします。
下手をすると出産シーンなんていうものも撮影しているお父さんいますからね。
自分がこの世に生まれてくる瞬間から映像として記録されること、
本当にどんな感じなのでしょう….
音楽も時代と共に変化しますから、私が作っていたデモテープも
その当時の音楽をそのまま反映しています。
もちろんしていないのもたくさんあって、なにか小さな反逆精神を感じられて
それもまた微笑ましい限りです。
それから聴いてびっくりしたのが、忘れているものがたくさんあることと、
ものすごい大量のデモテープを作っていたこと。
今のようなデジタル技術が発達していなくて、いやちょうど出始めの頃で、
エレクトロニクス好きな私としてはそれらを実験的に使いまくっています。
イントロにチェロの重ね録りをしているものがありましたが、実際には弾けない
フレーズをサンプリングで演奏させているのですが、コルグのディレイで
多重録音しています。
しかもまだMIDIがない時代。
いわゆるトリガーという方法でやっているのですが、たぶん、この16小節くらいに
2週間はかかっているだろうと思われる労力です。
方法は単純にして複雑、そして根気のいるものでした。
まず必要な音をひとつサンプリングして、楽譜からこのタイミングで
鳴らすというもののマッピングをします。
オモチャのようなコンピューターでそれを制御して、16小節の中に
鳴るであろう1音がテープレコーダーに録音されます。
その次にもうひとつの音をサンプリングして….というのを
延々20回以上繰り返すわけです。
その繰り返している間にマルチレコーダーは8chの時代ですから、
すぐにいっぱいになるのでダビングをして空きチャンネルを作らなければ
なりません。
情熱と時間は無限のようにあった、青春時代ですね…..(笑)
そう、まだMIDI(ミディと読みます)という規格がない時代なので、
手弾きで録音したりトリガーのような信号で記録したり、本当に大変でした。
なければないで方法はあるのですが、今となって考えると信じられないほどの
大変さでした。
コンピューター、シンセサイザーがごく一部のプロのためのものであって、
一般に浸透していませんから、音楽そのものが「気楽」な感じではありませんでした。
どちらがいいのかわかりませんが、でもそんな時代を過ごせたのは
ちょっと幸せだったかもしれません。
今は便利、安い、しかもクオリティが高い、といいことずくめですが、
そうではないときにいろんな苦労をしたり工夫をしたりした時間、経験は
決して無駄にはなっていません。
私はとにかく時間がたくさんあった若い頃に、ものすごいエネルギーで
無駄とも思える作業に集中していたり、何十曲というデモテープを
毎日作っていたこと、それが今につながっているのかな、とも思います。
やはり苦労したものはその後の自分を豊かにしますね。
