新しいCD
2008-6-7遥か昔のことですが、クラシック音楽のコンサートを聴きに行って
いつも感じていたのが、アンコールが一番良かったな、と思ったことが
よくありました。
今では違うと思いますが、まず演奏者のやりたい演目がそのコンサートと
なっていたような気がします。
なので難しい曲や例えば一晩でベートーベンのソナタ1番から3番まで、
なんていうもう眠気を通り越してしまうようなプログラムもありました。
今では聴き手と演奏者がやりたいもののバランスが、取れているんじゃないかな
と思いますが….
全ては勉強となっていましたから学生時代は難しいものでも良かったですが、
楽しみとして音楽会に行くには、演奏者のエゴで私はこれだけ弾けますよ〜、的な
選曲ではなく、ホールにいる全ての人が楽しめるものであって欲しいな、
と思うことが多いです。
私がクラシック音楽から離れていったひとつの理由に、嫌いな曲も
弾かなければならないというものがありました。
学生ですからそんな贅沢を言ってはいけないのですが、まだ作曲も始めて
いないころにも曲の好き嫌いが激しくて困ったものでした。
もちろん上手く弾けない、というのを棚に上げての話ですが。
学生の頃にボッケリーニという作曲者の曲は必ず課題として弾かなければ
なりませんが、私はこの曲が嫌いで嫌いで…..(笑)
好きだったのは近代フランスものとかバッハの無伴奏組曲などでしょうか。
学生時代、好きなものばかりを弾いていても偏るだけで上手くはなりませんが、
でも嫌いなメロディ、いや、コード進行がどうしても、ね….
バッハの無伴奏は大好きでした。
もう今だから許してもらえるかもしれませんが、バッハのレッスンの時は
ほとんど練習をしませんでした。
もちろん大学に入る前に弾いたことがあるというのもありましたが、
レッスンの一時間前くらいに校舎のチェロ部屋で練習するだけ。
それで「とてもいいね」と教授から褒められたり。
先生ごめんなさい….
でもバッハは好きでしたから、そうできたのかもしれません。
そしてそのバッハの曲、タイトルは無伴奏となっていますが、
いつか伴奏をつけてみたいとずーっと考えていました。
もちろんいろんな人がこの曲をカバーしています。
ギタリストや最近聴いたのではアメリカのヒップホップ系の女性シンガーも。
でもチェリストとして作曲者として敬意を持って、伴奏をつけてみたかったのです。
それは小津安二郎監督の無声時代の映画に、音楽をつけてみたい、
まぁ作曲家誰でも一度は思うことですが、そんな感じに似ています。
そんな気持ちから次のカバーアルバム「yours」シリーズのレコーディングが
始まりました。(そして終了しました)
今回はまたいい感じですよ。
テーマはクラシックでアンコールで流れるような、とても気楽で落ち着ける
選曲です。
きっかけはともかく、あぁ、ついに私もクラシックの領域に足を
踏み込み始めてしまいました。
学生時代が終わってから決別していたのに…..(笑)
ピアニストはメインが紺野紗衣さん、ゲストとしてアキコグレースさん。
私もピアニスト達もクラシック演奏家ではありませんから、さてさて
どんなクラシック音楽になることでしょう。
やはり私自身決別して25年以上経っているわけですから、一筋縄での
クラシックにはなりません。
あしからず。
ただ、とても聴きやすくていいものになったと思っています。
レコーディングは5月31日に終わったのですが、その日の終了が次の日の朝4時過ぎ。
もうみんなヘトヘトです。
私も帰宅してベッドに入ったのが8時過ぎ、それからコンコンと26時間くらい
寝てしまって、それでも体調が悪くてしばらく立ち上がれませんでした。
それほど最後の数日は大変でした。
どうしていつも予定通りに進まなくて、最終日近くになるといろんなものが
ドッと押し寄せてくるのでしょうね…..
でもその甲斐あってかいいものが出来ていると思います。
収録曲はバッハの無伴奏チェロ組曲、ノクターン、月の光、愛の夢、
アヴェマリア等々です。
ジャケット撮影も終了しています。
前回のyours ; tearsと同じカメラマン、アートディレクターです。
7月25日発売です。
お楽しみに。
CDデビュー前に作っていたデモテープや未発表のままになっている
作品を、ハードディスクにまとめてもらいました。
デジタルテープのままだと聴くのが非常に手間がかかって、ずっと
しまい込んだままになっていたのですが、デスクトップ上で聴ける環境ともなると、
これがちょっとショックの連続です。
以前にも記録はしていいのだろうかということを書きましたが、
昔の自分の作品を聴いているとその疑問が強く感じられます。
それはまるで…..ちょっと表現が稚拙かもしれませんが、10代20代の時の
恋人との恋愛風景を俯瞰からカメラが追っている映像を、今更見せつけられている
感じとも似ているかもしれません。
あぁあの時二人でこんな事を一緒に楽しんでいたのか、あんな事を言って
彼女を傷つけたんだ等々、何十年も経ってからそれを知らされている感じです。
もちろん、懐かしいのも気恥ずかしいのも、ちょっとホッとする気持ちも
いろいろありますが、こんなものを聴いて良かったのだろうか、という
そういう?マーク付きです。
そして未だにこんな事、同じことをしているのか、というガッカリ感、
いろんな想いにとらわれます。
以前にも書きましたが、今では普通に自分の赤ちゃんの時のビデオがあるはずです。
既に家庭でも気楽にハイビジョンで撮影できる時代ですから映像も綺麗だと
思いますが、それを大きくなってから見る、というのはどうなのでしょう。
どんな感覚なのでしょう。
私の幼い頃の写真はモノクロでありはっきりしていませんから、いろんな
想像やら推測が混じっての記憶を作り出します。
でもハイビジョンで映し出されたものを見るとき、どんな感じなのかを
是非教えてもらいたいなぁと思ったりします。
下手をすると出産シーンなんていうものも撮影しているお父さんいますからね。
自分がこの世に生まれてくる瞬間から映像として記録されること、
本当にどんな感じなのでしょう….
音楽も時代と共に変化しますから、私が作っていたデモテープも
その当時の音楽をそのまま反映しています。
もちろんしていないのもたくさんあって、なにか小さな反逆精神を感じられて
それもまた微笑ましい限りです。
それから聴いてびっくりしたのが、忘れているものがたくさんあることと、
ものすごい大量のデモテープを作っていたこと。
今のようなデジタル技術が発達していなくて、いやちょうど出始めの頃で、
エレクトロニクス好きな私としてはそれらを実験的に使いまくっています。
イントロにチェロの重ね録りをしているものがありましたが、実際には弾けない
フレーズをサンプリングで演奏させているのですが、コルグのディレイで
多重録音しています。
しかもまだMIDIがない時代。
いわゆるトリガーという方法でやっているのですが、たぶん、この16小節くらいに
2週間はかかっているだろうと思われる労力です。
方法は単純にして複雑、そして根気のいるものでした。
まず必要な音をひとつサンプリングして、楽譜からこのタイミングで
鳴らすというもののマッピングをします。
オモチャのようなコンピューターでそれを制御して、16小節の中に
鳴るであろう1音がテープレコーダーに録音されます。
その次にもうひとつの音をサンプリングして….というのを
延々20回以上繰り返すわけです。
その繰り返している間にマルチレコーダーは8chの時代ですから、
すぐにいっぱいになるのでダビングをして空きチャンネルを作らなければ
なりません。
情熱と時間は無限のようにあった、青春時代ですね…..(笑)
そう、まだMIDI(ミディと読みます)という規格がない時代なので、
手弾きで録音したりトリガーのような信号で記録したり、本当に大変でした。
なければないで方法はあるのですが、今となって考えると信じられないほどの
大変さでした。
コンピューター、シンセサイザーがごく一部のプロのためのものであって、
一般に浸透していませんから、音楽そのものが「気楽」な感じではありませんでした。
どちらがいいのかわかりませんが、でもそんな時代を過ごせたのは
ちょっと幸せだったかもしれません。
今は便利、安い、しかもクオリティが高い、といいことずくめですが、
そうではないときにいろんな苦労をしたり工夫をしたりした時間、経験は
決して無駄にはなっていません。
私はとにかく時間がたくさんあった若い頃に、ものすごいエネルギーで
無駄とも思える作業に集中していたり、何十曲というデモテープを
毎日作っていたこと、それが今につながっているのかな、とも思います。
やはり苦労したものはその後の自分を豊かにしますね。
